KPIに存在しない仕事
—数値に現れない機能を、DXはどう扱ったか

水墨画風のイラスト。スーツ姿の人物が後ろ姿でサブウェイの扉の前に立ち、手を扉にかけたまま立ち止まっている。扉のガラス越しに、ハム・レタス・マヨネーズなど多数のチェックリストと、サンドイッチが並ぶベルトコンベアが見える。左奥には杖をついた老人と「移動販売」の停留所標識が描かれている。右側にSUBWAYのロゴと「サンドイッチの注文方法」の手順が貼られている。右端に「システムは動いている。それでも、入れない。」という文字。羊皮紙色の背景に朱赤のアクセント。 DX


虚人の論考

KPIに存在しない仕事
——数値に現れない機能を、DXはどう扱ったか




00

自由なはずなのに、なぜ疲れるのか

サブウェイの前まで来て、引き返したことがある人がいる。

入口は見えている。メニューも知っている。食べたいものの輪郭もある。それなのに、足が止まる。列の先頭に立って、パンの種類を聞かれ、サイズを聞かれ、チーズを、野菜を、ソースを——その一連を、後ろに並ぶ人間の視線を感じながらこなすことへの羞恥や緊張。踵を返す人間を臆病と呼ぶのは簡単だ。しかし問うべきは、何がそこで起きていたのか、という点だ。

カスタマイズの多い店を避ける人、列の前で固まる人、「なんでもいいです」と答えてしまう人。サブウェイに限らず、選択の自由度が高い場所には、つねにある種の抵抗が生まれてきた。

だからこそ、アプリに期待が集まった。サブウェイは2025年6月、モバイルオーダーアプリをリリースした。公式リリースには、「カスタマイズが多くて注文が難しそう」「対面でオーダーするのは緊張する」と感じる人に向けて、自分のペースで注文できる利便性が訴求されていた。店頭の抵抗を、アプリが引き受ける——その設計意図は明確だった。

しかしリリース直後のApp Store評価は1.8点(311件)だった。マクドナルドの4.48点、スターバックスの4.75点と並べると、その数字の意味が際立つ。

レビューの主な不満は、決済エラー・カート表示の不安定さ・登録の手間に集中している。ただ、ネット上にはこんな声も散見される。パンを選び、野菜を選び、ソースを選ぶ——その画面を何度もスクロールしながら進む操作の重さ。おすすめ設定を変更しようとすると、一度選択を解除してから別の項目を選ぶ仕様になっており、直感に反すると感じるユーザーもいる。「結局、店頭で口頭注文するほうが早かった」という声も、少なくない。

また、アプリを使い始めてから、こんな声がネット上に散見されるようにもなった。店頭で店員と言葉を交わしていたあのテンポが、なぜか恋しい、と。対面を懐かしむ、単なる懐古なのかもしれない。

同じ問題が、
別の姿で現れているのかもしれない。
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01

抵抗は、最初からそこにあった

抵抗は一種類ではない。後ろに並ぶ人間の視線の中で間違えたくないという緊張、あるいは対面そのものによる羞恥。アプリにより、これらの店頭での抵抗は、別の形の抵抗-「選択を完了するまでの情報量の多さや操作の手間(認知負荷)の増大」へと変えた。

選択肢が多いことは、それ自体が情報量を上げ、精神的負担を押し上げる。心理学の文献には、選択肢が増えるほど行動完了率が下がるという観察が積み重なっている。

サブウェイのアプリでは、パンの種類・サイズ・トースト加工・有料トッピング・基本野菜4種の量・アクセント野菜・ソース9種以上を、画面を下へスクロールしながら確認・選択する必要がある。項目数は公式の注文方法ページで確認できる構造だ。おすすめが初期選択された状態で始まり、変更するには一度解除してから別の項目を選ぶ仕様になっている。操作に慣れていないユーザーには、この導線が負担になり得る。

CONCEPT — 抵抗吸収
人間が行為を完了するまでの過程で生じる「途中離脱コスト」——迷い・羞恥・不安・関係摩擦——を、構造のどこかが静かに引き取ることで、その人が行為を完了できる状態にする機能。作業の代替ではなく、肩代わりによる摩擦の軽減。

アプリは、店頭での抵抗を確かに下げた。対面プレッシャー、列への緊張、店員の目を見て話す必要性——これらは、アプリが抵抗吸収した。公式が想定した効果は、一定程度は機能していると考えられる。

しかし、「店頭と同じ自由度」をアプリに移植した結果、別の抵抗が露出した可能性がある。選択項目の多さから来る操作負担、おすすめ解除の手間、スクロールの長さ——店頭では口頭のやりとりが肩代わりしていたものが、アプリでは抵抗吸収されずに利用者の手元に戻ってきた。

Moradi et al.(ACM, 2025)は「擬似自動化(pseudo-automation)」という概念を提示した——削減されたはずの業務負荷が、別の形で利用者側に再分配されていたという観察だ。作業の見かけは変わった。しかし摩擦の所在が変わっただけだった可能性がある。
※ Moradi, Levy & Cheyre, Proc. ACM Hum.-Comput. Interact. 9(2), Article CSCW153 (April 2025) — 補助線として引用。

解くべき問いの本質は、「どうすれば注文しやすくなるか」ではなかった。「どうすれば踵を返させずに済むか」だった。この問いにより、「店頭での抵抗」と「アプリで露出する抵抗」を適切に定義し、抵抗吸収を設計できなければ、問題の本質は解消されないままとなる。

注文の効率化は設計された。
注文の抵抗吸収は設計されなかった。
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02

移動スーパーは「販売」ではなかった

視点を移すと、構造が見えやすくなる。

農林水産政策研究所の調査(2020年データ、2024年2月公表)によれば、食料品の購入が困難な「食料品アクセス困難人口」は約904万人に上り、65歳以上人口の25.6%(約4人に1人)がこの状態にある。移動スーパー——軽トラに食品を積み、住宅街を巡回する販売車——は、この問題への実践的な応答として各地に広がった。

だが、移動スーパーを「配送の一形態」として理解すると、何かを見落とす可能性がある。

車が来ることを楽しみにしている、という話がある。雑談をするために待っている、という話がある。消費者庁がとくし丸と実施した実証事業(新宿区、2022年7〜9月)では、移動スーパーでの販売の際に高齢者に消費者トラブルの被害に遭っていないかをヒアリングし、その被害情報を地方公共団体に共有した記録がある。これは、移動スーパーのスタッフが「動くセンサー」として、孤立した高齢者など買い物弱者の異変に気づく機能を果たしていた可能性を示唆している。

「今日も誰かに会える」という事実そのものが、配送する品の一つだったかもしれない。

「先週は顔を見なかったけど、どうされてましたか」。「今日は顔色がいいですね」。
これらは配送記録表には残らない。商品の売上にも現れない。しかし、こうした言葉が週に一度だけ届く人間が、この国にはたくさんいる。車が来る曜日を、一週間前から楽しみにしている人もいる。

ここを見落とすと、移動スーパーが静かに引き取っていた機能が、失われてしまう。

サブウェイで露出したものが、選択や判断に伴う認知的な負荷だったとすれば、移動スーパーが和らげていたのは、人と関わり、社会とつながり続けるための負荷だったのかもしれない。

ルート最適化AIは、効率の観点からルートを再編する。この効率化自体を批判することは、ここでの目的ではない。ただ一点だけ、問いとして置いておく。

STRUCTURAL RISK
効率化の過程で、数値に現れない機能が設計対象から脱落する可能性はある。「訪問頻度」や「巡回時間」を削った先に、何が消えてしまうかを定義した設計書を、わたしはまだ見ていない。
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03

数値に現れない機能は、やがて存在しないことになる

なぜ、数値に現れない機能は見落とされてしまうのか。

組織は、測定可能なものを扱いやすい。処理速度・回転率・配送効率・待ち時間・稼働率は数値になる。予算の根拠になる。評価の対象になる。一方、迷いの緩和・不安の吸収・雑談・安心の供給・その場の空気を整えること——これらは数値にならない。数値にならないものは、設計書に書かれにくい。書かれないものは、重要ではないと扱われ始める。さらに時間が経つと、最初から存在しないものとして扱われやすくなる。

現場では、こうした機能が非公式に残り続けることもある。あくまで、誰かが個人的に担い続けるという形で。そしてそれは組織としては担わない。予算もなく、評価もなく、引き継ぎされることもない。もし測れないものが重要だとしたら、組織はそれをどう扱えばよいのだろうか。

この構造を、後年ある研究者は「マクナマラの誤謬」と照応させた。ベトナム戦争期の国防長官ロバート・マクナマラが、戦況を数値のみで管理しようとしたことに由来する概念だ。理論の説明はここでは最小限に留める。ただ、その四段階の構造だけを静かに置いておく。

① 測定できるものを測る。
② 測定できないものを無視する。
③ 無視したものを「重要ではない」と仮定する。
④ 重要でないものを「存在しない」と結論する。

サブウェイの注文体験も、移動スーパーの巡回も、この四段階をたどりやすい構造を持っている。処理速度や配送件数を図る——①だ。迷いの緩和や雑談の価値は測定できないものとして無視する——②だ。無視したものは重要ではないものとして扱われ始める——③だ。そして、最初から存在しなかったものとして扱われやすくなる——④だ。

電子カルテ(EMR)導入後の医師と患者のコミュニケーションを調べた61研究のレビュー(JMIR, 2024)は、EMRが医師-患者コミュニケーションに与える影響として、医師の注意がスクリーンへ向かう側面を示している。診療の効率は上がった。しかし「医師があなたを見ている」という体感が、どの指標に現れていたかは——おそらく記録されていない。
※ JMIR (2024), 61-study review — 補助線として引用。正確には「患者および医療者の体験」への影響を調べた61研究のシステマティックレビューであり、EMRが医師-患者コミュニケーションを一部減じた可能性を示す知見を含む。

記録されていないものは、設計に定義されなくなる。

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04

問題は「人間かデジタルか」ではない

ここまで読んだ人の一部は、こう思っているかもしれない。「結局、人間の接客に戻るべきだという話か」と。

違う。

人と対面でやり取りすることに、かえって負荷を感じる人がいる。店員の目を見て注文する行為そのものが苦痛である人にとって、アプリ注文は抵抗の減少をもたらす。事前に自分のペースで選択を完結させ、店頭では受け取るだけでいい——その設計が、ある種の人間には明確に機能する。ロボットが応対する場面で、人間相手では生じる羞恥が和らぐというケースもある。

Chernevら(2015年)のメタ分析は重要な留保を示している——選択過負荷が生じるかどうかは、条件依存だ。選択に先行する知識・選択への関与度・選択肢の類似性によって、同じ「自由」がまったく異なる体験になる。また、推薦介入の研究(Rohden & Espartel, 2024)は、ある抵抗を下げる介入が別の抵抗を生むトレードオフを示している。設計はつねに、何かを選び何かを捨てる行為だ。

SELF-CRITICISM
本稿の論も、ここで冷水を浴びる。「抵抗吸収が大切だ」という主張もまた、測定されていない機能の重要性を前提に置いている。その機能が本当に存在し、本当に失われたことを、わたしは数値で示せていない。本稿の論は、構造を観察して導いたものであり、証明されたものではない。

抵抗を下げる選択は、「人間かデジタルか」という問題ではない。

ある局面で、どんな抵抗が発生しているか。その抵抗を、吸収しているのは何か。アプリはどの抵抗を減らし、どの抵抗を露出させたのか。どの局面で人間が必要で、どの局面でデジタルが機能するのか。それを診断する設計能力の問題である。

DXの失敗とは、人間性の欠如ではない。何を機能として定義し、何を最初から観察しなかったかという診断ミスである。

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KPIに存在しない仕事——
数値に現れない機能は、しばしば社会を壊さないための仕事である。

問題は、効率化そのものではない。
何を「機能」として定義し、
何を最初から存在しないものとして
扱ってしまったかである。

参考文献・注記

© 虚人の論考 — kyojin-ronko.com

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